2012年07月25日

海外メディア

一年以上前に続けて竣工した「貫井北町の住宅」「堀ノ内の住宅」は、雑誌をはじめとする様々なメディアに取り上げられてとてもうれしかった。次の仕事依頼につながるかと言えば全然期待してたほどではないけれども、掲載や取材の依頼は実は最近でも時々ある。今回はその自慢話のまとめでーす。

最初は「貫井北町」が住宅特集に掲載されて、それを見たdesignboomという業界では有名なサイトが当社サイトを訪れ「貫井北町」と「堀ノ内」をサイトに掲載したいと依頼をくれた。そのサイトにアップされるやいなや、あっという間に広がって何通もの掲載依頼がメールで殺到。これには本当にびっくりしたものです。ひとつひとつ丁寧に対応して、慣れない片言英語でメールを書いたり作品のテキストを訳したり、それはそれは大変な作業でした。
実はこうやってちゃんと依頼メールをしてきて直接データのやりとりをし、著作権やクレジットに配慮して掲載してくれるサイトは優良である。インターネットの怖いのは許可なく転載が可能なことで、あるとき物件名で検索したら何百万件もヒットしてたまげたことがある。twitterやfacebookでもリアルタイムに人から人へ伝わるから、これはもう権利どうこうの話ではなくなる。インターネットというのはどうやらそういうツールであって、それを逆手に利用するくらいで考えておかないとだめだろう。
日本ではこの手の建築・デザイン関連サイトは少ないが、一方海外は個人レベルのものから立派なジャーナリズムなものまでとても多く、その中で様々なコメントや「いいね!」をしてくれるのでとてもうれしいし参考になる。そしてそれだけサイトに載ると、海外からインターンやスタッフになりたいというリクエストもたくさん来る。「いやそんなに仕事ないし無理です」って断るんだけど、果てはパートナーになろうという人も・・・。住宅ひとつで本気かい、って思うのは僕だけでしょうか。

サイト掲載の他にもちゃんとしたハードの雑誌として掲載したいという依頼も多い。「貫井北町」では10社くらい、「堀ノ内」にいたっては20社くらい依頼があった。スペイン・フランス・スイス・チェコ・ロシア・ウクライナ・ブラジル・インド・中国・韓国・香港・台湾・・・・などなど。雑誌に載る場合は編集側からの質問に応えたり、あるカテゴリーについてコメントしたりと、結構大変。全て英語のテキストでやり取りするからとても時間が掛かりました。
それでもせっかく海外の雑誌に載るのだから、「掲載されたら是非送って下さい」と言って楽しみにしているわけだけれども、半年以上経つ今の今までちゃんと送られてきたのはなんと3冊のみ・・・。下記が送られてきたもので、中国・チェコ・ロシアの雑誌です。

それからテレビの取材依頼も多い。「堀ノ内」は日本テレビの「スッキリ!!」のコーナーで10分ほど紹介された後も色々な番組で取材依頼があった。が、どうもテレビは面白おかしく派手に伝えたかったり、施主の出演が条件のことも多く結構断った。
実は今度はイギリスのテレビ局が取材にやってきてアメリカで放送されるそうです。「世界中の特殊な家」というタイトルの番組で、英語でのインタビューは断らざるを得ず、なんともかっこわるかった・・・。

しかし総じて「堀ノ内」に関して言うと、やはり海外メディアからの反応の方が多く、その関心の高さがうかがえる。このような状況で建っていることが不思議のようだ。あらためて日本の都市・街の状況って特殊なんだと痛感。そして思っていたよりずっと日本の建築・住宅は世界中から注目されている。

ところで「堀ノ内」の後もうかなり時間が経ってしまった。正直あまり過去を振り返らず前を向いて進みたいと思う今日この頃なのです。

120725-01.jpg120725-02.jpg120725-03.jpg
posted by miz at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

2012年06月07日

おおたかの森動物病院地鎮祭

久々に現場が始まる。流山で計画している動物病院の工事である。
昨日の地鎮祭は雨の予報の中、奇跡的にその時間だけ雨が止んでるという、なんともさい先良いスタートとなりました。
女性の神主さんも珍しい。全然声聞こえなかったけど・・・。

元々はテナントを探している動物病院の先生の依頼で内装設計だけの予定だったのが、そのテナント自体を新築するという物件に関わることになった。本体と内装が違うお客さんという、なんだか少しややこしい形。動物病院として完成はするが、将来的には他のテナントが使えることが条件となる。

流山はあまり縁がなかったが、このおおたかの森という所はつくばエクスプレスが開通してからというもの、最も開発途上の地域である。いたるところが切り開かれ、次に来たときにはあっという間に景色が変わっている。銀行の人とか地主さんと話をしていても、なんともバブルな話が飛び交うのである。
しかし正直このスピード感には抵抗がある。雑な仕事をしているとは思わないが、全てが味気ない。おそらく大手企業がたくさん入り込んでいるのであろう。ハウスメーカーによる家とサイディングのアパートがポコポコと乱立されている。

この中に建つ動物病院はどんなものになるだろう・・・。波にのまれないものになって欲しいです。

120607.JPG
posted by miz at 18:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事

2012年05月31日

沼袋の集合住宅OHに行く

谷尻誠さん設計集合住宅オープンハウスへ。中野の沼袋だったので自転車で。着くと入口まわりに入場待ちの人だかりができていてびっくり。告知もかなりオープンで入居募集も兼ねていたそうだから仕方ないか。
公開しているのも一部の部屋だったが、どの部屋も統一のコンセプトが明快にあって分かりやすい。外周部は構造体以外をガラス張りのオープンな空間として、奥まったところに一段上がって小さく囲まれた「内部屋」を有する。「内部屋」自体は様々な用途を想定しているのに対して、外周部は廊下にしては広く居室にしては狭いような微妙な広さの場になっている。開放的で外を感じられるので、サンルームとか縁側とかテラスと言ったらいいだろうか。・・・別に名前を付ける必要はないか。
谷尻氏の作品によく見られるプランニング手法ではあるが、氏の「住む人の行為によって様々な性格の空間が生れてきます」というビジョンにはとても賛同できるし、実際にそのようなとても自由な場に成り得ていると思った。なんだか分からない場は想像力を刺激するのだ。住むことに前向きになる。
実際この外周部を体感してみると、夏暑くて冬寒そうとか、ちょっと見え過ぎるとか、同じ設計者として思うところもあるけれど、そういったことがとりもなおさず「外」感となのだと思う。季節のよい時にはきっと気持ちいいに違いない。そしてそこから逃げるために担保された「内部屋」がより一層意味のあるものになるのだ。
上階へ行くほど先細る外観も、構造的な合理性を想起させつつ既視感がない存在感。以前見た住宅よりはとても良かったという感想です。

関係ないけど、現地で会った建築家の友人河内くんが、うちの子と同い年の娘さんを連れてた。そういえば以前も他のOHに連れて来ていたし、自分の現場にも連れて行くそうだ。こうやって知らないうちに建築家の子は建築家になるのだろうか・・・。うちの子ももっと色んな所に連れて行こうかな。もっとも河内は仕方なく連れて来てるらしいけど。

120531-1.JPG120531-2..JPG
posted by miz at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 見学

2012年05月23日

シンポジウム「伊丹潤・ひらかれる手」に行く

まずい、月一の更新になりつつある・・・。もう少し余裕のある生活をしないとダメだな。
といって余裕があるわけではないけど、気分転換にシンポジウム「伊丹潤・ひらかれる手」へ。ちょうど一年前に急逝した建築家の展覧会に合わせた企画だ。本人に変わって二人の建築家と二人の歴史家によって伊丹潤を語るという、ちょっと変わった内容でした。

伊丹潤といえば日本と韓国という2つのバックグラウンドを持ち、異邦人パワーで力強い建築を作る孤高の建築家。たしか晩年何かの賞を獲ったときだったかにあらためて作品を見て、一連の韓国済州島の建築には圧倒されたのを覚えている。素材感を大事にうまく扱い、現代美術や書や陶器にも通じるその手から、独特の世界を作り出す。最近の時流に逆行するかのような、「手垢の残る重い建築」を作る人だ。竹原義二と同じ「切ると血の出る建築」。どちらも手書きしかしない。

シンポジウムでは本人ではなく他者が語ることでよりその人となりが分かりやすく感じられた。自身を「最後の手の建築家」と位置付ける氏はよく所員に言ったそうである。CADだけではだめ、
「手でしか伝わらないことがある」
胸に刺さる。
手書きをしないわけではないけど、手(書き)で伝えることはしなくなってしまった。しかし手でしか伝わらない情熱とか時間とか気持ちみたいなものは確実に存在する。綺麗な一本の線よりも、何度も消され重ねられた線の方がそこに込められる思いは強い。大切ななにかを失わないように、とあらためて思わされました。

もうひとつ、紹介された言葉をめもしておこう。
「自分だけの思想と、自分だけの哲学を持ちなさい」

はやく展覧会行かなきゃ・・・。
posted by miz at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

2012年04月23日

仙台を視察

これも恒例になりました。木の建築賞の現地視察で仙台へ。昨年東北大会をする予定が震災の影響で延期となり、今年あらためて東北大会をおこなうこととなりました。恥ずかしながら震災後初、一年以上経ってようやくの東北入りです。

昨年盛岡で開催予定だったものは全くの白紙となり開催地を模索。そもそも東北でやるべきなのかという意見も数多くあり、震災復興関連の応募に関して議論を重ねて、前向きに東北で、やるならど真ん中とも言える仙台でということになりました。

正直「東北」ということだけで敏感に反応しナーバスになってさえいたのが、新幹線で2時間ちょっとはあっという間。郡山も福島も通り越して行くのには勝手な罪悪感さえ持っていたのですが、一見するとなにも変わらない大都市の姿でありました。

初日は現地でお世話になる東北大学の先生と打合せ、その後二次選考会会場の候補として仙台メディアテークへ。震災で天井が落ちるという被害があった7階は、その特徴的だったランダムな蛍光灯配置がなくなり、天井材を張らない意匠となっていた。ある意味震災の爪跡を感じる。
次の日の東北大学キャンパス内では山本・堀アーキテクツ設計の新しい施設を見学。同じキャンパス内の高層棟が相次いで構造的被害を被り、大学の面目もどこへやら順次取り壊しの予定だと言う。新しい施設のすぐ近くにプレハブのキャンパスが並ぶ姿は、なんとも切なくなってしまった。

帰路につく前にレンタカーを借りて松島と石巻へ行った。あいにく雨が降ってきてしまったのでじっくり見て回ることはできなかったが、車窓から見ても一年前を十分想像できて悲しくなる。ガレキが取り払われているので一見なにもないことが自然のように見えて、よくよく見ると違和感に変わる。そしてそこにあったものが一瞬にしてさわられてなくなることを想像する。いや一瞬と言ってはいけない。
人が苦しみ、悲しみ、叫んでいたそのときに、建築が無力であったことを心に刻みたいと思いました。

120423-1.JPG120423-2.JPG
posted by miz at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

2012年03月23日

長谷川豪展を見に行く

おなじみギャラリー間の「長谷川豪展 スタディとリアル」へ。明日までの会期・・・。
ついに年下の建築家がギャラ間で展覧会をするようになった。
自分もいい歳なんだという寂しい気持ちとがんばらねばという気持ちが混在する。

彼のデビュー作はSDレビューで見て衝撃を受けたのを今でも覚えている。とても大きな模型で、通常あまり注目されない小屋裏を広く光で満たした不思議な体験のできる家だった。森の中では開放的にしがちなのを違った視点で木々との関係をつくっている点、ひっそりと主張しない建ち方に好感を持った。
その後の桜台の住宅ではテーブルを大きく、五反田の住宅では扉を大きく、この人は「何かを大きく」つくる人だと勝手に解釈していた。確かどこかで、異様な建ち方にならないように気を付けている、というようなことを言っていたと思うが、それらの作品も一見派手ではないように見えて実は大きな個性を備えているのに注目が集まったのだと思う。いわゆる「分かりやすい建築」だ。
展覧会でも分かりやすい言葉とストレートな建築への姿勢は見る人の心に響く内容だった。各展示室に1/1スケールの建築(模型)が出現しているという建築展は未だかつてない。石巻の幼稚園へ通い、展覧会を通してなにかできないかと考える発想の柔らかさと行動力。
最近の作品は決して「異様に見えない」とは言えなくなっていると思うけれども、それも試行錯誤して苦しんでいるってことだとオジサンとしてはうれしいんだけど。これからの活躍がとても楽しみな若手建築家であることは間違いないです。

120323.JPG
posted by miz at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会

2012年02月15日

岡田自邸について

芸大時代の友人、岡田雅人くんの自邸が完成。たまたまですが自邸ネタが続く・・・。
といってもこちらは協力という形で関わった物件なのでちょっと特別。様々な苦労の末にようやくお披露目となったこの日、感慨深いものがありました。

彼がぼくの所にやってきたのは2年前の夏の終わり。すでに基本設計を終えて実施設計中で、これからどうやって進めるかという段階だった。事務的なアドバイスをしたり業者を紹介したりという程度の協力で、思い返すとその時から今の今まで、彼のその設計やデザインに対してまともに批評したことはなかったと思う。
それは意識的にだと思う。何か言いたくてウズウズしてくる職業病を意識的に。建築家が「自邸」を設計するのに、もう一人の建築家が口を挟むものではない、と勝手に思っていた。思う存分好き勝手に好き放題やらせてあげるのが一番いいに決まっている。自分がその立場なら絶対にそうだ。
もちろん彼はそこまで考えていなかったかもしれない。だからこそ「もう一人の建築家」のところに相談にやってきた。様々な覚悟や不安を抱えていたに違いない。
ここで「めもていど」の感想を書き留めておこうと思う。面と向かって言わないでこんなところでいうのも卑怯だが、ちゃんとした文章にしておきたいし、それで伝えるのも悪くないだろう。実はオープニングでの来客の反応があまりに好意的なものばかりで、嫉妬すると共に誰かしら批判的なことを言う人がいてもいいのではないか、という思いもある。でないと今後の岡田くんにとっても良くないのではないか、彼にはこれに満足しないでもっと試行錯誤を繰り返して更に建築の深みにはまって欲しい(笑)。一番身近にいた自分がその役割をしてみよう。・・・って本当に偉そうですみません。
以下実際に建物を見た人じゃないと意味が分からない内容と思いますがお許しを。

建物は世田谷の小さな商店街の一角に建つ3階建てのRC造。1階を設計事務所とした兼用住宅である。決して広くはないそれぞれのフロアを細分化し、様々なレベルを設けてアーチの開口部でつないでいる。「境界の家」と名付けられたとおり、都会と郊外の境界とも言える立地では見る方向によって異なる景色が取り込まれ、開口部という境界を通して様々な空間とシーンが連続して見えるとともに、体験できるようになっている。

ところで、大学院だけ芸大に行った自分と違って、生粋の芸大生の彼はとにかく絵がうまい。ご両親、お兄さんは音楽家で美術品の収集が趣味という芸術一家だ。彼自身は普段イラストやグラフィックといった仕事が多く、今回の自邸はほとんど処女作と言っていいくらいの建築作品である。だからというわけではないかもしれないが、所々で自分とは思考の仕方が違うなあという思いがあった。
スケッチブックにさらっと書く絵がこれまた芸術的で、OHでずらりと並べられたものを見ても思うのが、とにかくアイレベル(人の目線)の視点によるパースが多いということ。つまりそこに立ったときにどう見えるか、何が見えるか、おそらく彼の頭の中はそのことでいっぱいなのだ。
それに対して自分はもっと俯瞰的に見ている。スケッチブックにあるのは平面図ばかり。つまり人がどう動くのか、場所がどうつながるのか、そういうことばかり考えている。
もちろん彼も平面図を書くし、自分だってパースを書くけれども、その比重が圧倒的に違う。どちらがいいとは端的に言えないけれども、その違いが自分のこの作品に対する批評になる気がしている。

一番感じたのは場所と場所の関係をもっと身体的につないだ方がいいのではないかということ。これもそもそも意識の違いで、彼はおそらく「境界」において「つなげ方」よりは「分け方」を思考しているのではないかと感じた。「つなげ方」と「分け方」なんて結局同じことになるのかもしれないが、ようするにアプローチの仕方が逆だということ。
1階の事務所スペースと2、3階の住居スペースは一度外に出てからつながる形で完全に分離しているし、2、3階もフロア同士は分離して階段部分でのつながりしかない。段差があるのでそれが各階での天井高に影響し合ってつながりがあると言えなくもないが、段差はどちらかというと「つなげ方」より「分け方」を検証した結果だろう。隣り合うスペース同士も見え方という意味での「つなげ方」は存分に検証されていると思ったが、空間的・機能的に、積極的につなげることまで考えてはいないようだった。
もっとも彼は逆に意識的に分けたと言うかもしれないし、その分節には理由があるだろう。しかしそのことによって可能性が失われる懸念もある。つまり分節されている場所と場所が、あるときには一体になるとか、違う使われ方をするとか、もっと言えば1階の事務所さえ住宅になるような「つなげ方」があってもよいのではないか。それは日々の建築の使われ方としてもそうだし、将来的な変化などに対する可変性(フレキシビリティ)とか住まい手が手を加える余白という意味でも。

また仕上げの色に関することも興味深かった。カラフルな色を使うわけではないが、フローリングの色を濃淡で分けたり、壁や天井の色を白、黒、グレーと塗り分けている。その色の違いも「境界」をつくるひとつのツールになっているわけだ。このことは特に「つなげ方」よりも「分け方」を考えていることの現れだろう。
自分ならもっと建築的な要素、例えば壁とか段差とか天井高とか、あるいは素材そのものとかそういったものだけで分節する。建築を成立させるためにどうしても出てきてしまう要素で、できれば分けたくないがどこまでつなげられるか、あるいは緩やかに分けられるか、を考える。もちろん色だって立派な建築的な要素なのだけど、それは平面図的な思考ではなかなか出てこない、パース的な思考で見えてくるものだと思う。
現場で色を決めるときの彼には隣で見ている限りあまり迷いがないように見えた。自分なら色を付けるかどうかを迷うところを、もうすでに色を付けることはその徹底した思考の中で決定済みだからかもしれない。
この建物はコンクリートの打放しで、荒々しい構造がそのまま見えるというデリケートな仕上げであるが、どうしても汚くなってしまったところは表面的に「補修」が施される。自分としてはこの「補修」が「補修したと分かる」くらいきれいだとなんだか気持ち悪くて、この現場でもその点にはこだわって指摘した。しかし今思うと彼の方はそこまで気にしていなかったかもしれない。最終的にどう見えるか、きれいに仕上がることが大事であって、「補修したと分かる」という背景や意味するところはそれほど重要ではないのではないか。
その証拠にボードで作った天井や扉にコンクリート風の「絵」を書いてそれを仕上げにしていたりする。一目見るとコンクリートだと思うので、叩いてみると軽い音がしてびっくり。もちろん単純に「おもしろい」とは思うけれども、自分にはできない離れ業だ。しかし彼には実際にそれがコンクリートである必要はなく、コンクリートに「見える」ことが大事なのだ。自分が背景を読み込む経験的な思考だとすると、彼の場合は現象的な思考と言える。

しかしながら、こういったことを当初から完成にいたるまで口に出さないで本当によかったと思っている。実際に仕上がって体感してみて、このようになるとは自分が想像できていなかったことが分かった。空間体験のシークエンス、あるいは連続する見え方、タテヨコのプロポーション。とてもきれいに見えてそして気持ちよく感じられた。特に3階の南側に向けて、手前から奥へと段々と視線が抜けてゆくその経験はすばらしかった。
実は自分は可変性や余白を担保しないと作れなくなっている。積極的な意味で前向きにそこを目指している自覚はあったが、それで「逃げを作って」いるつもりが文字通り「逃げ」ていることになっていないか。レベル差をつくること、強い壁をつくること、あるいは色をつけることに抵抗を持つようになってしまった。しかしそれは経験的で消極的な理由によるところも大きく、それによって失っているものもあるのだということが分かった。一体誰が経験的な思考でもって見るのかと言えば、ぼくら建築関係者だけなのだから・・・。
岡田くんの場合は彼の知識や経験という意味で、経験的思考には成り得なかったのかもしれない。しかしそれゆえにできたことは大きく、その初々しさや情熱、そして正直にまっすぐに自分のつくりたいものに没頭している姿を見て、勇気づけられました。

感想や批評と言うよりは自分と比べるうちにとりとめのない反省文のようになってしまった・・・。しかしこういった形でもう一人の建築家の設計、しかも自邸の設計に関われたのは幸運だった。そしてなにより良い経験になったと思っています。
どうもありがとう。そしておめでとう!
これから更にすばらしい家になることを祈っています。

120215-1.JPG120215-2.JPG
posted by miz at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 見学

2012年02月10日

建築家自邸OH

以前にもOHに行ったのをブログで紹介した先輩である荒木潤二さんの自邸が完成。
場所は三鷹の住宅街。息子のスイミングプールの帰りに同伴でお邪魔してきました。

前から自邸設計のお話しは聞いていて、なにやら色々な葛藤があったようである。
家族や施工業者からの期待。
「すごいチャレンジをするのではないか」
「とんでもないものができるのではないか」
でも施主の顔が見えるどころか一番身近な存在である家族を道連れに、一体どこまで冒険なんてできるのか。
”建築家の自邸”ということの難しさである。

でもこれは普段の設計でも変わらずテーマになることだ。
自邸だからといって周りからのプレッシャーを気にせず、自分の良いと思うものを追求してつくる。
自分ならそれにちょっと冒険をプラスする程度だろうか。
・・・なんて偉そうに言って怒られそうだけど。
その立場になったらあたふたしそうだな・・・。というかその立場にいつかなりたい!

荒木自邸は結論として特に冒険することにテーマはなかったようだが、いかにも本人の人柄が現れ、そのこだわりや葛藤までも表現されているようで素直な家だった。
材料や納まりのこだわりとちょっとした遊び心。
なにより「人がたくさん集まる」ということに主題が置かれ、当日沢山の人で溢れかえっている様子を見て、素敵な家だと思いました。

120210-1.JPG120210-2.JPG
posted by miz at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 見学

2012年01月30日

テレビ放映

日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」にて、堀ノ内の住宅が紹介されます。
放映日は2月2日(木)9:00〜9:30くらい、番組中の「スッキリ!!ハウジング」というコーナーで15分くらいのようです。
実は自分は見たことがない番組、コーナーなのですが、お施主さんではなく、建築家が案内してます。

撮影は1月中旬、丸一日掛けて撮影しました。お施主さんには大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。この場を借りてお礼申し上げます。
当初自分がテレビには出るのはかなり抵抗があったのですが、やはりテレビの影響力・営業力を考えて出演してみました。台本があって色々と演出されている部分も多いですが、テレビってこうなのかーというのが少し分かった気がします。建築家の苦笑い、愛想笑いがたくさん見られるでしょう。
撮影時間の割に放送は10分程度。どのように編集されているのかとても不安ですが、この際楽しみにしてみようかと思います。
それととにかく堀ノ内の住宅が素敵に映っていること。それだけを願います。
posted by miz at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

2012年01月16日

「建築、アートがつくりだす新しい環境」へ行く

1/15(日)までの建築展の最後、東京都現代美術館の「建築、アートがつくりだす新しい環境 -これからの”感じ”」へ。この会期終了直前に行くという悪い癖はどうにかならないものでしょうか。

妹島和世と西沢立衛のSANAAが企画、展示構成を手掛ける展覧会だけあって、SANAA関係者展みたいな気もする。ジャンルや世代も多岐にわたるが、建築勢は完成形よりはプロセスやスタディ模型を見せるものが多く、アートに少しでもすり寄ろうという意図が見えた。特にスペイン勢建築家が多く内容も興味深かった。

石上純也の展示はまたしても「メンテナンス中」。彼のはいつも展示中に壊れてしまうのだが、彼の作品特有で残念と言うよりはおかしかった。
インドのスタジオ・ムンバイやバーレーン文化省、そして近藤哲雄他の作品は、いずれも妹島和世が総合ディレクターを務めた第12回ヴェネツィア・ビエンナーレで話題になったものである。こういった形で日本においてそれらの作品に触れられたことは貴重だった。屋外展示されていた「Cloudscapes」は箱の存在感もよかったが、やはり人工雲を突き抜けて歩くという初めての体験がおもしろい。この雲をつくり出したのはクライメート・エンジニアと言われる建物内の気候を担当するドイツの専門家集団。こういう立場の人は今後様々なところで必要になるのではないでしょうか。

エントランスホールでは「失われた街」という大震災で失われた沿岸部の模型復元プロジェクトの展示。ギャラ間での展示は見逃してしまったから、ここで見られたのはよかった。まっ白な失われた街がものも言わずに、それでもなにか我々に訴えているような気がしてしばし呆然としてしまいました。

R0061370.JPG
posted by miz at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会