2016年02月10日

石神井公園動物病院・その2

もう8年以上前に練馬区で設計した「石神井公園動物病院」が、すぐ近くの広めのテナントに移転しました。昨年末に再度の開業となっています。HPではこちら
獣医師やスタッフも増えて手狭になてきたらしく、近くにいい物件が出たのを逃さなかったようです。こういう常連さんを大事にする業種は突然違うところに移るわけにはいかないですからね。新病院は以前木質系の内装にしたのを引き継ぎ、無垢の木の壁が外から中へ入り込んだような佇まいです。無機質なマンションに差し込まれた木の壁がアイキャッチにもなってくれると思います。
それにしてもおおとね動物病院といい、みなみ小金井動物病院といい、みなさん開業後10年弱で次のステップへ。順調な経営ではひとつの区切りの時期なんでしょうけど、作り上げたものが10年もせずになくなっていくという・・・、寂しさもあります。そろそろどなたか「動物病院ビル」でも依頼してくれると寂しさも吹き飛ぶのですが・・・。
病院のHPはこちら
実は院長が弟なんです。以後お見知りおきを。

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2013年03月06日

阿佐ヶ谷住宅がそろそろ解体

近所の公団阿佐ヶ谷住宅に立入禁止のロープが張られた。通り抜けも明日までとのこと。いよいよ解体が始まるらしい。
かなり前から建替の反対運動はあって、最近まで地権者2名が反対していたのが、裁判所の決定で再開発が進む模様。反対といっても皆さん再開発そのものに反対している訳ではなく問題はその内容だ。
通常10mの高さ制限のある所に20mの6階建てを建て戸数を大幅に増やす。これは開発規模が大きい場合の地区計画を利用した特例で、周辺道路の拡幅などを伴う。これらが長年育まれてきた静かで緑多きこの地域の環境を壊すのではないかという心配。もっともです。
この時代、どうしてこうも経済性を優先した再開発が許されるのか。行政の頼りなさ、ひとりひとりの力の弱さ、声の届かない虚しさを感じます。
ここにやってきてまだ7年くらい。子供とよく散歩に出掛け阿佐ヶ谷住宅をうろうろしていたことを思い出します。いつ頃解体が本格化されるか分からないけど、桜が咲くまで待って欲しいな・・・。

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2013年02月05日

またチェコの雑誌に

貫井北町の住宅がチェコの雑誌「Dřevo&Stavby」に掲載されました。結構前に堀ノ内の住宅を掲載してくれた雑誌です。前回は見開きの半分で1ページぽっきりでしたが、今回は見開き2ページ使ってくれました。チェコ語は全く読めないけれど、日本の木質建築を特集したようで、なんと次のページには隈研吾さんの作品がっ!でも1ページでした(笑)。巨匠を差し置いてこわいこわい。

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2012年12月22日

月刊ハウジングの表紙に

堀ノ内の住宅がリクルート「月刊ハウジング」に掲載され、なんと表紙に。
しかし色んなアイテムが持ち込まれたインテリアの写真なのでインパクトは小さい。
その上文字情報で埋め尽くされて背景として埋もれている感じです・・・。でかでかと「お金のすべて」だって・・・。
一般誌独特ではありますが、どこの本屋さんでも置いてあって500円ぽっきり。たくさんの人の目に止まるとうれしいです。

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2012年12月19日

2013年カレンダーに

インテリアメーカーがつくる来年度のカレンダーに、貫井北町の住宅の写真が使われました。
新建築住宅特集の物件から12件が選ばれたようで、その中に入るなんてうれしいことです。
貫井北町の住宅は10月を担当。
そうそうたる顔ぶれをめくって出てくるとなんだか不思議な気持ちです。

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2012年12月12日

1ページだけ掲載

堀ノ内の住宅がDwell Asiaという雑誌に掲載されました。シンガポールの雑誌のようです。
楽しみにページをめくっても全く出て来ない!・・・と思ったら1ページだけで掲載されていました。夜景が選ばれること多いなあ。
「HOUSES WE LOVE」という記事でした。感謝感謝。

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2012年12月05日

洋書ぽいのに掲載

貫井北町の住宅がスイスで編集された企画本「WOOD Architecture & Design」に掲載されました。
見開き2ページですが、ハードカバーでいかにも「洋書」って感じでうれしい。
送ってくれるかと思ったら「5冊購入なら割り引きます」という案内だけが来た・・・。
仕方がなくamazonから1冊だけ購入。
こちらの出版社サイト
でもポチッとすれば買えます(笑)。

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2012年11月24日

スロヴァキアの雑誌掲載

貫井北町の住宅がスロヴァキアの雑誌「4STYLE」に掲載されました。
最初に送られてきた時にはどこの国なのか、何語なのか、全く分かりませんでしたが、縁のない遠い国でも注目されてるかと思うとなんだかうれしいものです。しかしどのように評されているのかは気になるところ。この住宅のキーワード「FUTOKORO」という文字は見当たりませんでした・・・。

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2012年10月15日

木の建築賞@仙台

昨年震災の影響で中止となった木の建築賞の東北・北海道大会。
まだまだ震災の爪痕は各所に残り復興の真っ最中なわけですが、それでも東北の中心地仙台にてこうして大会を執り行うことができたのには感慨深いものがありました。

この大会は書類選考を経ての二次選考会という位置付けだが、応募者のプレゼンや活発な議論も見られるのでメインイベントである。
この賞は実作に限らず様々な活動もその対象にしているのが特徴で評価軸も実に幅広い。前回の関東甲信越に比べると応募には地域性の高いものが多くなり、今回はそれにプラスして震災復興関連の作品や活動も多く、議論もそうしたものが多かった。

そうしたときに寂しいのは批判的な意見はあまり出てこずに議論も深まらないことだ。
地域性を批判することは難しく、特に震災復興でがんばっている人に厳しい意見をするなどなかなかできることではない。
そうするとチャレンジ派の議論や意見は少なくそして弱くなる。意匠的・技術的にチャレンジするものに対しては「そんなチャラチャラしたことにうつつを抜かして・・・」といった雰囲気が会場全体を覆うのだ。
結果的に「地域性」や「がんばっている」こと自体を皆で褒め合い励まし合い、多少意見やアドバイスをすることはあっても、賛成反対で激しい論戦になることはまずない。一見するとお互いに意見を交わして気持ちよく議論を終えるので、有意義な会だったと安心するかもしれないが、自分のような立場だとなんだか物足りなさが残ってモヤモヤしてしまう。
被害妄想かと言われればそうかもしれないし、自分自身地域性や「がんばっている」ことを否定するつもりは毛頭ない。しかしそれにプラスして新たな議論が加われば、もっとすばらしい会になるはずだと思うわけなんです。

次の日は松島に赴き伊達政宗の瑞巌寺の大修理工事を見学。床が撤去され、屋根が撤去されてあらわになった構造体が美しく、圧倒的な存在感と時間と人の手の跡を見ることができました。写真撮影ができなかったのが残念。完成したらあらためて見に行きたいです。
帰りはご一行様のバスで帰るのを拒否して松島散策フェリーに乗って帰途へ。気持ちよかったー。

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2012年07月25日

海外メディア

一年以上前に続けて竣工した「貫井北町の住宅」「堀ノ内の住宅」は、雑誌をはじめとする様々なメディアに取り上げられてとてもうれしかった。次の仕事依頼につながるかと言えば全然期待してたほどではないけれども、掲載や取材の依頼は実は最近でも時々ある。今回はその自慢話のまとめでーす。

最初は「貫井北町」が住宅特集に掲載されて、それを見たdesignboomという業界では有名なサイトが当社サイトを訪れ「貫井北町」と「堀ノ内」をサイトに掲載したいと依頼をくれた。そのサイトにアップされるやいなや、あっという間に広がって何通もの掲載依頼がメールで殺到。これには本当にびっくりしたものです。ひとつひとつ丁寧に対応して、慣れない片言英語でメールを書いたり作品のテキストを訳したり、それはそれは大変な作業でした。
実はこうやってちゃんと依頼メールをしてきて直接データのやりとりをし、著作権やクレジットに配慮して掲載してくれるサイトは優良である。インターネットの怖いのは許可なく転載が可能なことで、あるとき物件名で検索したら何百万件もヒットしてたまげたことがある。twitterやfacebookでもリアルタイムに人から人へ伝わるから、これはもう権利どうこうの話ではなくなる。インターネットというのはどうやらそういうツールであって、それを逆手に利用するくらいで考えておかないとだめだろう。
日本ではこの手の建築・デザイン関連サイトは少ないが、一方海外は個人レベルのものから立派なジャーナリズムなものまでとても多く、その中で様々なコメントや「いいね!」をしてくれるのでとてもうれしいし参考になる。そしてそれだけサイトに載ると、海外からインターンやスタッフになりたいというリクエストもたくさん来る。「いやそんなに仕事ないし無理です」って断るんだけど、果てはパートナーになろうという人も・・・。住宅ひとつで本気かい、って思うのは僕だけでしょうか。

サイト掲載の他にもちゃんとしたハードの雑誌として掲載したいという依頼も多い。「貫井北町」では10社くらい、「堀ノ内」にいたっては20社くらい依頼があった。スペイン・フランス・スイス・チェコ・ロシア・ウクライナ・ブラジル・インド・中国・韓国・香港・台湾・・・・などなど。雑誌に載る場合は編集側からの質問に応えたり、あるカテゴリーについてコメントしたりと、結構大変。全て英語のテキストでやり取りするからとても時間が掛かりました。
それでもせっかく海外の雑誌に載るのだから、「掲載されたら是非送って下さい」と言って楽しみにしているわけだけれども、半年以上経つ今の今までちゃんと送られてきたのはなんと3冊のみ・・・。下記が送られてきたもので、中国・チェコ・ロシアの雑誌です。

それからテレビの取材依頼も多い。「堀ノ内」は日本テレビの「スッキリ!!」のコーナーで10分ほど紹介された後も色々な番組で取材依頼があった。が、どうもテレビは面白おかしく派手に伝えたかったり、施主の出演が条件のことも多く結構断った。
実は今度はイギリスのテレビ局が取材にやってきてアメリカで放送されるそうです。「世界中の特殊な家」というタイトルの番組で、英語でのインタビューは断らざるを得ず、なんともかっこわるかった・・・。

しかし総じて「堀ノ内」に関して言うと、やはり海外メディアからの反応の方が多く、その関心の高さがうかがえる。このような状況で建っていることが不思議のようだ。あらためて日本の都市・街の状況って特殊なんだと痛感。そして思っていたよりずっと日本の建築・住宅は世界中から注目されている。

ところで「堀ノ内」の後もうかなり時間が経ってしまった。正直あまり過去を振り返らず前を向いて進みたいと思う今日この頃なのです。

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2012年05月23日

シンポジウム「伊丹潤・ひらかれる手」に行く

まずい、月一の更新になりつつある・・・。もう少し余裕のある生活をしないとダメだな。
といって余裕があるわけではないけど、気分転換にシンポジウム「伊丹潤・ひらかれる手」へ。ちょうど一年前に急逝した建築家の展覧会に合わせた企画だ。本人に変わって二人の建築家と二人の歴史家によって伊丹潤を語るという、ちょっと変わった内容でした。

伊丹潤といえば日本と韓国という2つのバックグラウンドを持ち、異邦人パワーで力強い建築を作る孤高の建築家。たしか晩年何かの賞を獲ったときだったかにあらためて作品を見て、一連の韓国済州島の建築には圧倒されたのを覚えている。素材感を大事にうまく扱い、現代美術や書や陶器にも通じるその手から、独特の世界を作り出す。最近の時流に逆行するかのような、「手垢の残る重い建築」を作る人だ。竹原義二と同じ「切ると血の出る建築」。どちらも手書きしかしない。

シンポジウムでは本人ではなく他者が語ることでよりその人となりが分かりやすく感じられた。自身を「最後の手の建築家」と位置付ける氏はよく所員に言ったそうである。CADだけではだめ、
「手でしか伝わらないことがある」
胸に刺さる。
手書きをしないわけではないけど、手(書き)で伝えることはしなくなってしまった。しかし手でしか伝わらない情熱とか時間とか気持ちみたいなものは確実に存在する。綺麗な一本の線よりも、何度も消され重ねられた線の方がそこに込められる思いは強い。大切ななにかを失わないように、とあらためて思わされました。

もうひとつ、紹介された言葉をめもしておこう。
「自分だけの思想と、自分だけの哲学を持ちなさい」

はやく展覧会行かなきゃ・・・。
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2012年04月23日

仙台を視察

これも恒例になりました。木の建築賞の現地視察で仙台へ。昨年東北大会をする予定が震災の影響で延期となり、今年あらためて東北大会をおこなうこととなりました。恥ずかしながら震災後初、一年以上経ってようやくの東北入りです。

昨年盛岡で開催予定だったものは全くの白紙となり開催地を模索。そもそも東北でやるべきなのかという意見も数多くあり、震災復興関連の応募に関して議論を重ねて、前向きに東北で、やるならど真ん中とも言える仙台でということになりました。

正直「東北」ということだけで敏感に反応しナーバスになってさえいたのが、新幹線で2時間ちょっとはあっという間。郡山も福島も通り越して行くのには勝手な罪悪感さえ持っていたのですが、一見するとなにも変わらない大都市の姿でありました。

初日は現地でお世話になる東北大学の先生と打合せ、その後二次選考会会場の候補として仙台メディアテークへ。震災で天井が落ちるという被害があった7階は、その特徴的だったランダムな蛍光灯配置がなくなり、天井材を張らない意匠となっていた。ある意味震災の爪跡を感じる。
次の日の東北大学キャンパス内では山本・堀アーキテクツ設計の新しい施設を見学。同じキャンパス内の高層棟が相次いで構造的被害を被り、大学の面目もどこへやら順次取り壊しの予定だと言う。新しい施設のすぐ近くにプレハブのキャンパスが並ぶ姿は、なんとも切なくなってしまった。

帰路につく前にレンタカーを借りて松島と石巻へ行った。あいにく雨が降ってきてしまったのでじっくり見て回ることはできなかったが、車窓から見ても一年前を十分想像できて悲しくなる。ガレキが取り払われているので一見なにもないことが自然のように見えて、よくよく見ると違和感に変わる。そしてそこにあったものが一瞬にしてさわられてなくなることを想像する。いや一瞬と言ってはいけない。
人が苦しみ、悲しみ、叫んでいたそのときに、建築が無力であったことを心に刻みたいと思いました。

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2012年01月30日

テレビ放映

日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」にて、堀ノ内の住宅が紹介されます。
放映日は2月2日(木)9:00〜9:30くらい、番組中の「スッキリ!!ハウジング」というコーナーで15分くらいのようです。
実は自分は見たことがない番組、コーナーなのですが、お施主さんではなく、建築家が案内してます。

撮影は1月中旬、丸一日掛けて撮影しました。お施主さんには大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。この場を借りてお礼申し上げます。
当初自分がテレビには出るのはかなり抵抗があったのですが、やはりテレビの影響力・営業力を考えて出演してみました。台本があって色々と演出されている部分も多いですが、テレビってこうなのかーというのが少し分かった気がします。建築家の苦笑い、愛想笑いがたくさん見られるでしょう。
撮影時間の割に放送は10分程度。どのように編集されているのかとても不安ですが、この際楽しみにしてみようかと思います。
それととにかく堀ノ内の住宅が素敵に映っていること。それだけを願います。
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2011年10月25日

江戸東京たてもの園に行く

実家が小金井でありながら初めてとなった江戸東京たてもの園。小金井公園の中、歴史的に価値のある建築物を移築し保存展示している他に類を見ない野外博物館である。子供を遊ばせるにもいいかもと思って行ったら正解だった。
「歴史的な建造物」といっても元々あった場所から持ってきてしまうんだから、その時点でとんでもない試み群ではある。もちろん様々な理由で現地で保存できない建築を持ってくるわけだが、「奈良の東大寺」を見に行こうとか、「伊勢神宮」を見に行こうとか、歴史的建造物と言えば場所性を伴うと無意識に決めつけていたものがその大前提からして違うからなんとなく違和感が付きまとうが・・・。
教科書に出てくるような有名建築があるわけではないけれど、時代時代を代表するようなプロトタイプ的なものを一気に体験できて面白い。昭和初期に「看板建築」なるプロトタイプがあったとは知らなかった。
その中でも有名というか行きたかった建築が「前川國男自邸」。日本の近代建築の祖として多大なる貢献をした偉大な人物だが、この場所で保存されていくというのは喜ばしい限りだ。日本的であることを意識しつつ西洋近代を存分に感じさせるシンプルで品の良い傑作。うちの子が声を上げて走り回っているのを横目にしばし見とれました。
昭和初期の建物が並ぶエリアでは駄菓子屋や遊び道具もいろいろあって子供も大喜び。お昼に食べた武蔵野うどんってあんなに美味しかったんだ。知らなかったです。

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2011年09月29日

講演会「挑戦する木造建築」に行く

先ほど聞いてきたNCN+MISA主催の講演会「挑戦する木造建築」NCNというのはSE構法という木骨構造システムを全国展開する企業で、MISAというのは構造家池田昌弘氏が設立した構造設計者の育成スクールである。木造建築の、それも金物工法を基本とした構造にスポットをあてた講演会というのも珍しいのではないかと思う。
はじめにSE構法を開発した播繁氏の「今、木骨構造がおもしろい」という基調講演。実は播さんには木の建築賞という事業に関わる関係でお世話になっている。が、実はこうして播さんの作品を少しではあるがまとめて見たのは初めてだった。鹿島建設で定年まで勤めたあと60歳で独立した重鎮。組織系の事務所との仕事が多かったようだが、あらためてすごい仕事をしてきた人だと思う。そのチャレンジ精神と探求心は見習わなくては。

そのあとは播氏、池田氏、NCN社長田鎖氏、元JT編集長豊田氏によるディスカッション「木構造の可能性」。播氏、池田氏は意外にもディスカッションでの登壇は初めてとのこと。なるほど、聴衆がハラハラさせられる討論会ではあった・・・。NCNさんには木の建築賞で協賛もしてもらっていて、昨年は播さんに加え池田さんにも選考委員をお願いしていたから、そんなエピソードも紹介された。木の建築賞では伝統工法VS金物工法という構図があるが、今回は「金物いいじゃないか」の人たちが集まっているからかそこまで議論は盛り上がらず。播さん、池田さんともに基本チャレンジャーだからなあ。

しかし3.11のあと構造設計者として何を考えなければいけないか、あるいはシステム化ということと挑戦=特殊性ということをどう考えるか、これらは今後も大いに議論していかなくてはならないと思う。

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2011年07月20日

倉俣史朗とエットレ・ソットサス展を見に行く

21_21 DESIGN SIGHTで開催された「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」へ。実は見逃したと思ったら会期延長というサービス中で、なんとか間に合って見ておくことができました。
倉俣史郎という人は決して実用的なデザインをした人ではないけれど、違う意味で永く愛されるデザインをした人だという印象がある。現代にも受け継がれるプロダクトデザインの楽しさや感動。その底流を築いたのは間違いなくこの人だ。
その倉俣史郎が巨匠エットレ・ソットサスとの出会いを通じてどのような影響を受けたか、この展覧会で見えてくるものは大きい。ともにモダンデザインという時代の息苦しさを打ち破る創作活動展開しており、引用・オマージュという手法も多かった。・・・しかし建築のポストモダンが愛されないのはなぜだろう?
倉俣史郎の言葉「デザインにおいて根源的な喜びが機能を越えていなければならない」。例えば建築ではなかなか言えない。
しかしこう考えよう。「機能」があることは当たり前だ。そこに「喜び」もあることが幸福だ。
もうひとつ肝に銘じよう。「つくりたいときには借金をしてでもつくれ!」

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2011年06月06日

ジブリ美術館

子供をともなって三鷹の森・ジブリ美術館へ。
割と近所にありながら行ったことがなかったが、とにかく人気があって混んでいて、予約をしないと入れないという噂だけ聞いていた。相当のジブリファンか子供のためでもないかぎり行かない所だと思っていたのだが。

梅雨の晴れ間の暑い日だったが、井の頭公園から続く新緑が気持ちの良いアクセスにしてくれた。このままジブリの森に迷い込んだら素敵だろうなと思ったら、しっかりと行列に並ぶことになって現実に戻る。しかしアプローチから見る美術館自体は適度にツタが覆って緑にも囲まれた幻想的な雰囲気で、それなりに宮崎ワールドに入り込む期待感が沸いてくる。
館内ではメインホールの吹抜部分が一番の見せ場。まるで宮崎アニメかセットの中に迷い込んだ気にさせてくれる不思議な空間。ディテールだって立派なものである。この施設自体がひとつの作品ということか。
しかし子供を遊ばせようと思って来るとちょっと違うかもしれない。まだ「トトロはかわいい」くらいしか分からない子に、宮崎ワールドやアニメ制作の奥深さは理解しようもない。そしていくら「自由な美術館」「子供のための美術館」と言ったってそれほどでもなかったりしてがっかりもするのだ。

「美術館」という括りはつくづく難しい。子供はまだしも大人達は常識的に「美術館」を考えてしまうから。もうちょっとその括りを取っ払って、例えば三鷹の森を探検したり、親子でなにかをつくったり、自発的な創造を誘発するようなものであって欲しかった。

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2011年05月17日

雑草?

雨が上がり晴れ上がった気持ちの良い日。
近所の荒れ果てた未利用地にカラフルな花が。
道行く人が目を留め足を止め。
和みます。

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2011年04月16日

花見ランチ

この前の日曜日は天気もよく花火日和。
いつもの善福寺川にお弁当を持って散歩へ行く。
自粛ムードが漂う、といっても思ったよりたくさんの家族連れが集まっていました。

今年は桜の満開も例年より遅いのが功を奏し、とても暖かい中で花見ができた。
川に枝を張り出す桜がとても素敵なので川べりに座ろうかと思ったが、子供がサッカーボール蹴る気満々なので、広場の横に陣取る。この広場もいつ遊びに来ても結構閑散としているのに、この日は賑やか過ぎてびっくり。
ちょっと動くと汗が噴き出る日でした。

被災地でも桜が咲いているだろうか。

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2011年03月25日

大震災

前回書いたのが盛岡への視察のことだった。
あれからそう何日も経たないうちに今回の災害が起きた。
とても人ごととは思えない、信じられない出来事だ。

被災した人々のことを考えると胸が痛む。
原発の現状は心配と共に怒りがこみ上げる。
・・・しかし言葉にならないのは全てが流され跡形もなくなった町の光景だ。
「建築」のなんとも弱々しいことか・・・。
「建築」とは人を守るものではなかったか・・・。

木造は例外なく基礎部分以外が根こそぎ持って行かれている。
ならばコンクリート造ならいいかというとそうでもなさそうだ。
津波という建築基準法では想定しない外力や水の侵入を見込むとするときっととんでもない要塞ができるのだろう。

阪神大震災で建築基準法が見直されたが今回はどうだろうか。
構造的な強度の基準を見直す問題でもなさそうだ。
やはり「どこに住んでいいか」ということを基準法とまでいかなくてももっと法制化するべきだろう。
やみくもに同じ所に同じものをつくっていいはずがない。
しかしこれだけの被害にあってなお自分の生まれ住んだ故郷に戻ることをなにより待ち望んでいる被災者の方々。
そんな姿を見ていると、それが正しいことなのか分からなくなってくる。

最後になりましたが、亡くなられた方々にお悔やみ申し上げますと共に、被災された方々の一日も早い復興をお祈りしております。
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